差異

考えたのは、

突如として明らかな差異のある状況・ものがあらわれると自分はパニックになるということ。

ここでいう差異とはかなり広い対象を指す。

コミュニケーションが大切なのはわかるが、それらの論者は

コミュニケーションの差異に対してどのように対応するのだろうか?

コミュニケーションが完全に断絶され*1無の空間*2が現れた場合どうするのか?

情報化社会が進んで、ネットワークがどんなに進もうが断絶はやっぱり存在し続けると思われる。
特に個人間においては顕著に現れる。なぜならば個人においてはそのネットワークを断絶状態にすることは
自由だからだ。ここにおいて重要なのは参加しているネットワークの全体を維持しながら、自分の望むもの
を断絶できることだ。これによって安心した断絶が可能となると思われる。
しかしながら、断絶とは安全保障という面も持つ。


①ネットワークの存在
②ネットワークの断絶可能性(境界線設定)の自己決定の保証
③断絶領域の存在
④自由な断絶領域の設定
⑤ネットワーク内における断絶領域とその他の領域*3の混在
⑥断絶の自分以外の認知不可能性の保証


このくらいが重要そうな気がする、あくまで気がするだけ。

断絶してしまった後に和解とか分かり合うことが可能なのだろうか?

分かり合うことがなった後にも和解は可能なのだろうか?



風邪で意味不明になってきたのでメモはこれくらいで終わり。

*1:応答の可能性の低下、または不可能

*2:空間が無いという空間、おおかしいかな??

*3:断絶していないところ、コミュニケーションが可能なところ